さらば愛しきひとよ

以前勤めていた会社の新しいオフィスを訪ねた。音楽出版社や芸能事務所と同居していた前のビルとはまったく雰囲気の違う、静かでエクセレントなたたずまい。

入り口で面会表に記入していると、ガードマンが「名刺を2枚拝見します」と言う。何の展示会かよ と思いながら渡すと、彼はさっとチェックしたのち2枚とも返してくる。「そうか、1枚だと貰った他人の名刺かもしれないからね」。「そういうことです」と言って、微笑んだ。

RFIDのワンデーパスでsuicaよろしく改札を抜けエレヴェータに乗ると、その箱は"going up"の声とともに、静かに上昇し始めた。きっと12月には"Merry Christmas"と声をかけてくれるのだろう。

ディスカバリー号の船内のような通路を抜け、案内された会議室に入ると、昔いっしょにバーベキューにいった同僚が担当だった。ザ・コン館の店頭で動き回っていた彼は、SMBセグメントのマーケティングマネージャになっていた。「こんな会社になっちまったのか」「こんな会社になっちまったよ」

そのころの僕らは毎週末のように飲んでいた。勝手に壁新聞を作り、ハロウィーンにはエルヴィスの衣装を身に付け、来日したCEOを連れて六本木でCalifornia Dreamingを合唱した。そんな面影は、もう、ここには無かった。打ち合わせを終え、20年振りの同窓会の帰りのような気分で、僕は地下鉄に乗った。人間の集団である会社は、構成する細胞の変化とともにキャラクターが変わる生き物だ。すっかり大人になった貴方に畏敬の念を抱きつつ、でもやはり僕は昔のやんちゃな君が好きだった。