茶仙人

天気のよい昼休み、茶仙人は丸の内にやってくる。
そうして華やかな仲通りを避けるように、ビルの谷間で小さな店を開く。よほど注意深くないと彼の存在には気づかないので、めったに客の姿はない。

近くのビルに働く僕らは通りすがりに彼を見かけるたび、
”あれはきっと仮装した皇宮警察に違いない” とか”服部半蔵の手の者であろう”などと噂していた。

でもどうしたものか心に引っ掛かってやまれず、ある日僕は彼に茶を所望した。無心に街を眺めていた茶仙人は、我に返ったように僕を見て、その場で烏龍茶をいれ始めた。

Cha

茶仙人のいれる烏龍茶は口当たりがやわらかく、ほのかに甘い香りもして、いい紅茶を飲んでるような気分になる。コンビニで買うペットボトル烏龍茶の酸っぱく尖った味とは、何かが違う。
ささやかながら、圧倒的に。

再開発のたびどんどん空虚になっていくこの街の日常で、茶仙人と彼のいれるお茶は、とても貴重な存在になってしまった。そしていつか彼がフッと現れなくなる日を予感するたび、僕はとても寂しくなってしまう。