1996年の次世代マーケティングリサーチ

萩原雅之さんの著書『次世代マーケティングリサーチ』が発行されたので、紹介コラムを書きました(ちゃっかり弊社のプロモーションも兼ねてますが)。

ITmedia エンタープライズ書評:“モテるには「インサイト」が必要だ” ── リサーチのエキスパートが解き明かす、ソーシャルネットワーク時代の傾聴戦略

上記リンク先で本の概要は紹介しましたが、長くなって萩原さんについて書く余裕がなかったので、こちらで補足します。

(disclaimer:萩原さんは僕の15年前の上司で、僕が生まれて初めて辞表を出し、その1年後に外資系企業に再転職するときリファレンスをお願いした人でもあります。客観的な書評や人物評を書くにはお世話になりすぎバイアスがかかっているかもしれませんが、いいよね にんげんだもの

はじめに。職業人としての萩原さんの魅力は、”伝統と革新の調和”にあると思います。

本書で初めて萩原さんを知った人の中には、ひょっとすると「この著者は伝統的調査会社の打倒をめざすネット系リサーチ企業の代表か?」と思われた方がいるかもしれませんが、ハッキリ言ってそれは誤解です。萩原さんほど「社会科学としての調査」を愛している人はいないですし、それは著書プロフィール欄の最後に記された”日本世論調査協会個人会員”というサインからもうかがえます。

僕が萩原部長時代に一番印象に残っている仕事は、1996年に某ネット企業Y社と共同実施したリサーチプロジェクトです。もともとは当時飛ぶ鳥落とす勢いのY社から受注を狙ってアプローチした案件ですが、先方でご対応いただいたA部長から返ってきたのは、僕らの提案の斜め上を行く逆提案でした。通常の受託調査は発注元企業からお金をもらって調査実施するものですが、A部長の提案は「うちは金を出さない。そのかわり、アンケートのシステム開発ノベルティ提供は行う。調査結果は御社が出版・販売し、原価を除いた利益を折半しませんか?」というものでした。

”ビジネスモデル”という言葉が流行した頃ですが、当時の調査会社としては未知の領域です。伝統的なマネージャであれば、下手すれば赤字の山となるこんな仕事は二の足を踏むところですが、萩原さんは「いいじゃん、やろう!」と即決してくれました。Y社のパーティで、来日したジェリー・ヤンにささっと近寄って会話(当然英語)していた姿も印象的です。きっと萩原さんには、目先の収益を超えた”次世代マーケティングリサーチ”の兆しが感じられていたのだと思います。ディレクションが明確になれば、スタッフは様々な障害を超えて新しい事に挑戦するモチベーションが高まる。2週間の調査期間で集まった(想定を数十倍上回る)20,600件の回答を見たとき、プロジェクトにかかわった僕ら全員が、時代の変り目を実感しました。

調査会社時代の萩原さんは若くしてヨーロッパに出向し、帰国後即マネージャに就任するなど、タテ社会のヒエラルキーを駆け登っていく人に見えました。にもかかわらずご本人は権威主義からほど遠い、フラットな姿勢で部下や後輩に接する存在でした。伝統的調査会社の保守本流でありながら、なぜ革新的でいられたのか?その答えは、萩原さんが志向されるオープンでフラットな他者との関係性にあると思います。本書の最終章・最終段落『次世代を担うリサーチャーへ』の中で、萩原さんが後進に送ったメッセージ

(リサーチ業界のビジネスが縮小する懸念がある)そういう時代には、リサーチャー自身が「ソーシャル」であることが求められる。他の業態や他のプロフェッショナルと交わり、新しい発想を受け入れよう。

は、まさに萩原さん自身が実行して有効性が検証された、リサーチャーのためのサバイバルガイドと言えるでしょう。

最後に。人間としての萩原さんの魅力は、いい意味での”軽さと明るさ”にあると思います。こればっかりは本を読むだけではわかりませんから、ぜひ機会を捉えて萩原さんと(できれば業務時間後に)対話されることをお薦めします。萩原さんの、ワイン片手に超高速頭脳から弾きだされる早口なお喋りとハイトーンな笑い声を聞いているだけで、あっという間に時間が過ぎていきます。リサーチ業界のアマデウスといえば、想像できるでしょうか? サリエリ派の方は、ご遠慮される方が無難かもしれません。

次世代マーケティングリサーチ

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